我慢ならんこと。 ― 2016/01/30 23:34
久しぶりで。
こんなところ読んでる人もあまりいないと思うけれど。
しばし、日本で休暇を過ごして、また韓国生活に戻った。
日本は天国です。お金と時間があれば。
まぁ、どちらも十分にはないので出稼ぎしているのだけど。
で、韓国で生活していると、嫌でも韓国の方とやり取りを
しないといけないわけで、最近韓国語を勉強している成果が
ちょっとずつ出てきて、日常生活で苦と思うことは少なく
なっているのだけれど、・・・。
1.明洞で日本での休暇資金を作るため、ウォンから円に
両替したときのこと。
あんまり、店構えはしっかりしていない(というか、少々胡散
臭い)店だが、その日、明洞に数ある両替所の中ではレートが
良かった。
レートを聞き、ウォンを渡し、両替した日本円を受け取り、
・・・。
・・・・・。
そこで、その両替所のおっさんは取引が終わったような
涼しい顔をしている。
あのさぁ、千円に満たない差額があるでしょうよ。
韓国語で文句が上手く言えないので、英語で「バランスが
あるだろう?」と聞いても、最初訳が分からない顔をする。
客(自分)が引き下がらないことを知ると、面倒臭そうに
差額(7千ウォン=700円位か。)を出す。
2.クリーニング屋でのこと。
少し前に引越しをして、近くのクリーニング屋を探して
これからはここを使おうかと思っていた矢先。
いつものアジュンマではなく、アジョシ(旦那か?)が店番
やってた。
スーツの上下を頼んで、少々会話をするが、よく知らない単語
が出てきて、(こいつは韓国人じゃないな)という顔をする。
で、1万ウォン渡すと、しれっとおつりを千ウォンしか出さない。
ふーん、今年から韓国人じゃなければ千ウォン値上げですか。
まぁ、お品書きというか、「スーツ1着○○ウォン」なんて
書いていないので実際値上げしているのかも知れませんが。
国民性なんだと諦めることにしているのだけれど、
隙あらばお釣りをちょろまかそうというアジョシに出くわす度に
「レベルの低い人達だなぁ」と思うと同時に、そんなヒトに関わ
ったことが悲しくなる。
そういう思いを繰り返したくないので、そういう店員がいる店は
二度と使わないようにしているのだけれど、ちょくちょくあると
そのうち使えるお店がなくなるのではないかと、ちょっと心配。
不思議なことにアジュンマの店員からそういうことされた記憶
はないんだよね。
アガシなお歳の店員が無愛想なのは毎度のことなのだけれど
アジュンマはまぁ、それなりに親切にしてくれる。
お受験 ― 2015/11/13 22:10
韓国な話題を引き続き。
日本以上に学歴社会な韓国。
熾烈な受験勉強を耐え抜き、大学受験がその後の
人生を分けるといっても過言ではない。
あまりの学歴社会の厳しさに、海外へ逃亡してそちらで
学歴を積んで韓国に帰国し就職する帰国子女も少なくない。
で、11月のこの時期はその人生の分水嶺たる試験がある。
うちの会社のローカルスタッフに
「他の会社は、受験生最優先で、出社時間を10時頃にずらします。
うちの会社は平常通りなんですか?」
と、問われる。
・・・。
(うちの会社の社員で受験生の子持ちが一人でもおるんか?)
↓(韓国語訳)
「まぁ、どうしてもと言うならフレックス使ったらいいんじゃないの?」
また、お昼時には、
「この受験の日には、英語のヒアリングの邪魔をしないように
飛行機も飛ぶのも自粛します。それに、試験会場に遅刻しそうな
学生が居たら、パトカーだとか救急車が試験会場まで送ってくれ
ます。」
・・・。
(後で「あの飛行機の騒音でとても試験に集中できなかった。」と
いちゃもん付けられたりしないための予防策では・・・。
それと、こんな大事な日に、大雪でもあるまいし、試験会場に
遅刻するような学生はその時点で資質が分かるんじゃないの?)
↓(韓国語訳)
「へぇ、みんな協力してるんだね。日本もセンター試験の時に大雪
だったりすると、試験時間を遅らせたりするけど。」
などという会話を繰り広げることとなった。
流石に、
「自分の子供が受験している間中、両親はお寺に行って、試験が
うまく行くように祈願するんですよ。」
と言われたときには、
(そんなところで神頼み?というか韓国の半数はキリスト教じゃ?)
↓(韓国語訳)
「あー、そうなの?」
としか訳せなかった。
いや、まぁ、自分もセンター試験で大ゴケした身なので
この1日にかける気持ち、気合が分からなくはないですが、
まぁ、人生は長い。本当に資質があれば、失敗しても挽回できる。
というか、よほど運が良い人か、よほど運が悪い人でなければ、
人は行き着くべきところに行き着く。
日本風に言うなら、
「あってあるこの世のもの 天尊神 地尊神 すべてがあるようにあれ」
である。
ケセラセラ。
日本以上に学歴社会な韓国。
熾烈な受験勉強を耐え抜き、大学受験がその後の
人生を分けるといっても過言ではない。
あまりの学歴社会の厳しさに、海外へ逃亡してそちらで
学歴を積んで韓国に帰国し就職する帰国子女も少なくない。
で、11月のこの時期はその人生の分水嶺たる試験がある。
うちの会社のローカルスタッフに
「他の会社は、受験生最優先で、出社時間を10時頃にずらします。
うちの会社は平常通りなんですか?」
と、問われる。
・・・。
(うちの会社の社員で受験生の子持ちが一人でもおるんか?)
↓(韓国語訳)
「まぁ、どうしてもと言うならフレックス使ったらいいんじゃないの?」
また、お昼時には、
「この受験の日には、英語のヒアリングの邪魔をしないように
飛行機も飛ぶのも自粛します。それに、試験会場に遅刻しそうな
学生が居たら、パトカーだとか救急車が試験会場まで送ってくれ
ます。」
・・・。
(後で「あの飛行機の騒音でとても試験に集中できなかった。」と
いちゃもん付けられたりしないための予防策では・・・。
それと、こんな大事な日に、大雪でもあるまいし、試験会場に
遅刻するような学生はその時点で資質が分かるんじゃないの?)
↓(韓国語訳)
「へぇ、みんな協力してるんだね。日本もセンター試験の時に大雪
だったりすると、試験時間を遅らせたりするけど。」
などという会話を繰り広げることとなった。
流石に、
「自分の子供が受験している間中、両親はお寺に行って、試験が
うまく行くように祈願するんですよ。」
と言われたときには、
(そんなところで神頼み?というか韓国の半数はキリスト教じゃ?)
↓(韓国語訳)
「あー、そうなの?」
としか訳せなかった。
いや、まぁ、自分もセンター試験で大ゴケした身なので
この1日にかける気持ち、気合が分からなくはないですが、
まぁ、人生は長い。本当に資質があれば、失敗しても挽回できる。
というか、よほど運が良い人か、よほど運が悪い人でなければ、
人は行き着くべきところに行き着く。
日本風に言うなら、
「あってあるこの世のもの 天尊神 地尊神 すべてがあるようにあれ」
である。
ケセラセラ。
ヨーロッパ周遊・最終日 ― 2001/03/15 12:00
"最終日"
新東京国際空港着
・・・そういえば、写真がない。
☆帰国☆
翌日14:00頃成田に到着。
飛行機を降りてすぐ・・・「暖かい。」
すでに東京へは春が来たようで19℃もあるらしい。
入国審査→荷物の受取→税関と何事もなくパス。Deliveryはたいした買い物をしなかったので免税範囲内だったけれど、基本的には成田の税関は自己申告制。
なんか、お酒数本ぐらいだったらオーバーしてても全然バレない気がする。(お酒の免税範囲は3本まで)
機内持ち込みの荷物の重量も20㎏越えてても全然平気みたいだし。
注:・・・やらないように。
捕まったり、追加料金請求されても知りません。
捕まったり、追加料金請求されても知りません。
☆妙な感覚☆
時差ボケで強烈に眠い中、帰途につく。
・・・やっぱり成田は遠い。
行きもそうだが、帰りも電車の中で長いなぁと感じた。座れなかったし。
日本に着いて妙な違和感を感じる。
街の看板が読める(笑)、電車に乗ってる人の会話もアナウンスも日本語、電車は綺麗で寝てる人がいるし・・・etc.
・・・ここ数日には有り得なかった感覚。
世界が違うなぁ。
☆旅が終わって・・・☆
帰国時は「食べるモノは何でも美味しい。コンビニは24時間やってるしやっぱ日本は最高だ~♪」
と思っていましたが、やっぱりまた行きたいですね、旅。
これまで、日本国内はあちこち旅行したことがあってディスカバージャパンの申し子(古い)っぽかったDeliveryですが、住む世界が違えば人も文化も文明も違う。
日本では外人さんをつい、ジロジロ見てしまう私たちも海外では逆にジロジロ見られる。(日本ほどではないかも知れないけど。)
それと「英語を使う楽しさ」も知らなかった。
いろんな意味で国内旅行とはまた違った楽しさがありました。
だから、と言って海外旅行ばっかりオススメする気はありませんが、(国内旅行と違って危険もあるし。)見聞を広げるには良いかも。
☆最後に・・・☆
旅行中お世話になった添乗員のH川さん。
本当にありがとうございました。お陰様で楽しく旅行することが出来ました。・・・今頃は中国の空の下でしょうケド(笑)<次のお仕事先らしい。
☆謝辞☆
ここまで読んでいただきありがとうございました。
もう4月ですねぇ♪(汗)
ご参考までにDelivery的旅グッズ評価
~今回の旅行で役に立ったと思うモノ~
◎通貨レート計算機(アラーム時計付き)
これ一個で通貨計算・電卓・時計(現地/日本)・目覚ましになる。小さいので旅行中は常に持ち歩いてました。
◎胴巻き型財布
スリはやっぱり怖いもの。
服の下に着けても目立たない薄いタイプがオススメ。
◎ガイドブック
地図とか付いてるとなお良い。事前情報があるとないとでは随分違う。
◎メモ帳
この旅行記書くのに・・・f(^^;
○スーツケースベルト
自分の荷物を見つけやすい。
色は奇抜な(水色のスヌーピー柄とか(^^; )方が良いかも。
空港の荷物の扱いは本当に荒いので、鍵が壊れてもちょっと安心。
○方位磁針
町中を歩き回る、かつDeliveryみたいに方向音痴な方は必要。
○会話集
いちいちその場面に必要な会話を見つけるのが大変。
自由旅行なら絶対必要。ツアーだったらそれほど要らないかも。
でも、あると心強い。
○スリッパ
長時間飛行機に乗る場合は是非。
旅先のホテルでも役に立ちます。
△コンセント変換プラグ
短期だったら要らないかな?
△ユーロのトラベラーズチェック(T/C)
旅行者用小切手(T/C)、思ったより使い勝手悪かったです。
紛失・盗難時に再発行できるけど。・・・そもそもユーロ自体がまだ(汗)
来年(2002年)になれば、ユーロの通貨自体が流通して事情が変わるかも。
×変圧器
よく考えたら、シェーバーの充電器も240Vまで対応してた。
ノートパソコンの電源もそうだし。何より重い。
×ミニ洗濯セット
使わなかった(笑)。冬場で汗もあんまりかかなかったし。
本当の長期だったら衣類減らすために必要かも知れないけど。
~あったら良かったかなぁと思ったモノ~
○小型ポット
本当に備え付けでポットがあるホテルあまりないです。
長期旅行中には、お茶が飲みたくなります。
ヨーロッパ周遊記・完。
ヨーロッパ周遊・11 ― 2001/03/14 12:00
"11日目"
パリ半日自由行動→機内泊
☆得した損した?☆

さて、いよいよ11日目。実質的には今日が最終日。
今日は帰国日でもある。
成田→ロンドンもそうだったが、パリ→成田もやはり12時間弱かかる。
パリの出発が夕刻。8時間時計が進んでいる日本を目指すから着いたときには12+8時間(時差分)も経ってしまうことに。
よって、旅の日程表も、11、12日目は寂しい。
11日目・・・パリ発 帰国の途へ
12日目・・・東京着 着後解散
ってなもんである。全12日間の日程なのに一日損したような気分。・・・でも、パリ発が夕刻って事は、そう午後3時までは自由行動。
なんか、得したような損したような。
☆ルーヴル美術館まで☆

そうと分かったら、朝からゆっくりなんてしていられない。
前日のワインも何のその(笑)朝食もそこそこにホテルを飛び出す。
目標はルーヴル美術館。前日(10日目)は火曜で美術館がお休み。
今日オプショナルツアーの設定もあったのだが、よく考えてみたらパリに来てからセーヌ川をまともにみてない。
ホテルもセーヌ川沿い、ルーヴル美術館も同じく。
・・・じゃあ、歩いていってみよう。ということに自分で決めたのだ。
☆工業地区?☆
今回のホテル、セーヌ川沿いといってもパリの外れにある。
METRO(地下鉄)7番線の終点MAIRIE D'IVRY(マリー・ド・リヴリー)駅から10分程。
後ほど地下鉄でホテルへ帰るとき『よくこの距離歩いたな』と自分でもビックリしたぐらい遠い。
(添乗員さんも、オプショナルツアー参加者に「彼(私)は歩いて行くって言ってたけど・・・この距離。」と言っていたらしい。)
しかも、パリの中心に向かうまでは工業地区(?)が続き煙突が2本モクモクと煙を上げてるだけで川辺の情緒も何もなかった・・・f(ーー;
さらに途中には船着き場(?)みたいな人気の少ない場所もあって、かなり薄気味が悪いし。
中間点辺りにあるオステルリッツ駅辺りまで地下鉄使えば良かった。
でもでも、良かったこともあるんですよー。>後述
☆続・言葉が通じる、ということ☆

なんとか、パリらしい風景も見えてきて、対岸に大きな建物が・・・。これぞルーヴル♪
一時間半は歩いたと思います(^^;
さて、ピラミッド(入口がその地下にある)を探して歩いていると、何やら物言いたげな顔の東洋人の女の子。この顔は・・・。
”写真とって下さい。”
・・・やっぱりね(笑)
撮ってあげた後、Deliveryも撮ってもらって(笑)ちょっとお話する。
どうやら最初、同じ国の人だと思って声を掛けたよう(言葉が)だったので聞いてみたら、韓国の方でした。
”ドイツに留学しててドイツ語は勉強してるんだけど、英語は難しい”(この間、会話は英語。)と言ったので、”ドイツ語?Guten Morgen(おはよう)しかわからない。ドイツ語の方が難しいけどなぁ・・・。”と言ったら笑ってました。
でも、英語も難しい。
ルーヴル美術館は入場待ちの列がすごかったので、館内には入らず市内を観光する、と言った彼女に、
”じゃあ、この先が「コンコルド広場」、その先が「シャンゼリゼ大通り」で、その先が・・・。”
「凱旋門」って英語で(フランス語でもいいが)なんて言うんだ?(汗)
門の形をジェスチャーで表現してみました(笑)
・・・ともあれ、たとえ英単語を並べただけに等しくても、全く母国語が異なる人とも会話が出来るというのは嬉しいと思いました。
☆長蛇の列の原因は?☆

韓国人のお嬢さんも言っていたとおり、美術館入場待ちですごい列。
こんなに混むんだったら、やっぱり地下鉄でくれば・・・。
そう言えば、セーヌ川の対岸にオルセー美術館があったな。
そっちでもいいかな、と思って見に行くと、対岸からでもわかる人の列。
ミレーの「晩鐘」とかモネの「日傘の女」も見たい気がするけど、どうせ並ぶんだったら、ルーヴルでダ・ヴィンチの「モナリザ」見るかなぁ、とあきらめて列の最後尾に並ぶ。
待つこと20分程。やっとピラミッドを地下に降りる。
あれ?チケット売場が全部閉まっている。
近くの係員に「チケットどこで買うの?」と訪ねると“Free”とのお返事。
毎月第一日曜日は入場無料と聞いていたものの、今日は水曜日。
『そうか、これだけ行列が出来るぐらい大入りだからタダなのか。フランス人太っ腹~☆』
などと思いつつ、どこから見て回ろうか日本語版案内を取り出すのだった。
(午後ホテル集合後、ツアーに参加した人に聞いたら「美術館職員のスト」だったらしく、スト中に出来た人の列が入場するまで無料だったみたい。Deliveryが帰る頃はちゃんと入場料取っていた。もちろんツアー料金は変わらないわけで・・・。得しちゃった(^^;)
しかし、駅のポーターといい、よくストのある街だ・・・(偶然?)
☆やってしまいました、PART1☆
ガイドを見ると「モナリザ」は「デゥノン翼」という建物にあるらしい。ぐるっと見回すと、おお、列が出来てるじゃないか。最後尾に並ぶ。
後ろからアメリカ人らしきおばさん団体がやってきて、“この列なあに?”とDeliveryに聞いてくる。
「多分、モナリザじゃないかなぁ」と答えると、その団体も後ろに並ぶ。列で待ってる間、他の入口は空いてそうだなぁ・・・と見回すと、横のエスカレーターの上に“DENON”と書いてある。
どう見ても、他のふたつ「リシュリュウ翼」「シュリー翼」ではなさそう。
・・・じゃあ、この列は?
恐る恐る列の先頭付近の上部を見ると、「荷物」のマーク!
これは・・・なんと言って説明したら良いだろう?
「あの・・・、デゥノンはあっちで、ここは“荷物”・・・かも?」
“手荷物預かり所”なんて単語は知らない。
結局、おばさん団体代表が係の人と話をして手荷物預かり所も閉まっている事が判明し(でも、まだストだとは気がついてない)改めてデゥノン翼へ。
“問題ないわよ”と言っていたものの・・・やってもた。
☆勝者の微笑み☆

広い館内を案内を頼りに歩いていくと、いらっしゃいました。「モナリザ」お一人だけガラスケースの向こうに別格扱いで。
しかも、その周辺だけすごい人集り。
想像していたより小さい絵だったけれど、流石ルーヴルの一番人気。その顔には余裕の笑みさえ浮かんでいました(笑)
☆再会☆

ルーヴル美術館の所蔵作品点数は30万点以上。
まともに見ていったら半月はかかる・・・らしい。
絵画だけはちょっと見ておきたいなぁ、と館内を回っていると、突然見覚えのある絵に出くわす。
「民衆を導く自由(La Liberte guidant le peuple)」
そう、上野の東京国立博物館で見たことがある、あの絵である。“二度とこの絵の前に立つことはないかも”と言っていたわりに、二年しか経たないのに再会してしまいました。(笑)
しかし、この絵、日本ではガラスケース越しに展示されて相当な見学者もいたのに、ここではあまりに展示作品が多いため、人も疎ら。
なんか可哀想だった(T-T
☆私も負けてません☆

一番の目的だった「モナリザ」は見たし、思わぬ再会も果たしたし、もう一点、時間があれば見たかった作品を見に行くことに。
「モナリザ」も高い知名度を持ってますが、こちらもかなり有名。「ミロのビーナス(アフロディテ)」
社会科見学(が、あるの?)らしき、小さな子供たちが“ぽ~っ”と見学してました。
☆やってしまいました、PART2☆

さて帰ろうか、と地下鉄の路線図を見ると、美術館そばの地下鉄駅「パレ・ロワイヤル・ミュゼ・デュ・ルーヴル」駅(長い・・・)駅から7番線一本でホテル近くの「マリー・ド・リヴリー」駅まで行ける。
早速乗ったのだが・・・。
この7番線、途中の駅から二手に分かれている。
案の定、違った方向行きに乗ったらしく、次の駅で引き返すことに。まあ、ホテル集合が15:00だから余裕余裕。(13:40頃)
☆やってしまいました、PART3☆
無事(?)マリー・ド・リヴリー駅到着。(14:00頃)
(昨日の市内観光の帰りは8番線を使ったのでこの駅は初めて。)
でも、セーヌ川さえ見えれば・・・、
見えねぇ~★
ええと、じゃあ、方角で北に向かって歩けば・・・、
『こういうときのために方位計付きの時計を装備してきたのだよ。』と思いながら歩き出すこと10分。
川なんて見えやしない。
あれ、もしかして川と平行に歩いてる?と不安になり右折。
歩くこと5分。おっ橋がある。セーヌ川かっ!
・・・鉄道の上の陸橋。
さらに歩くこと5分。・・・迷ったかも。
頭の中を『集合時間まであと40分弱。電話はないし、道を聞こうにも人通りないしタクシーどころか車も通ってないし・・・飛行機に遅れたら・・・。』
なんて考えがぐるぐるとしだした時に、見覚えのある2本の煙突が!
煙突の位置から道を辿ると、突然見覚えのある道にぶつかる。「朝歩いた道じゃないか、ここはっ!」
今朝わけもなく工業地区を歩いていたのがこんなところで役に立つとは、怪我の功名というやつである。
ここからならホテルまで5分ちょっと。
ホテル横のハイパーマーケットでお土産のワインを買う時間も15分位とれてゲームセット☆
・・・旅行中一番スリリングだった(冷や汗)
☆ヨーロッパを後に・・・☆

冷や汗をかきつつ全員が乗ったバスはシャルル・ド・ゴール空港へ。
空港で「長い旅行も終わりだねぇ」等と話しながら出発時刻を待つ。そして、日本へ向けて離陸。
街は雨が降り始めていたものの、空の上に出れば、ちょうど雲の向こうにオレンジ色の夕日が見える。
とても綺麗な夕焼けでした・・・。
最終日に続く。
ヨーロッパ周遊・10 ― 2001/03/13 12:00
"10日目"
パリ終日自由行動
☆やっぱりオプショナル☆

旅の前半の目的地は結構ガイドブック等でチェックしていたものの、最終地パリとなるとどこを見たものやら?
結局終日自由行動なのだが、午前中はオプショナルツアーを入れることに。
目指すはヴェルサイユ宮殿。
前夜のお酒が残ってちょっと二日酔い。うー、バス移動が辛そう。(一緒に飲んだ方はツアー申し込みしてなかったらしい。)
道中、ダイアナ妃が事故にあったトンネルを通って、現地ガイドさんのジョークを交えた案内を聞きつつ宮殿へ。
現地について、「あの左手の建物なんですか?」と聞いたら「あれは馬小屋です。」
冗談かと思ったら本当らしい。(写真左手)
☆パンがなければケーキを食べればいいのに☆

マリー・アントワネットの有名な話ですが、そう言っても仕方ないかな、と思える大宮殿。
贅沢の極みですねぇ・・・、と思いながら宮殿内入場を待つ間、裏手に回ると・・・。
☆地平線の見える庭☆

日本の庭ってのもDelivery的には非常に好きで、狭い庭を広く見せる「借景」という技法があるのだが・・・。
この庭、全部自分の庭。地平線の見える庭ってのは始めて見ました。
宮殿内の鏡の回廊からこの庭に落ちていく夕日を眺める。
スケールがでかいというか・・・。
☆異臭☆

この庭が見える裏手に回ってくる前から、妙に生臭い臭いが立ちこめる。
「雨が降ったからかな?」とかツアー参加者と話していたのだが・・・。上の庭の写真の手前、宮殿との間に左右大きな池がある。
そこの水が抜かれて、どうやら藻を落とす作業中だったらしく、二日酔いでなくても気分が悪くなるぐらい強烈な青臭さ。
「先生、もう僕の事なんてほっといてよ!」
「山田。どんなに完璧な人間だって失敗の一つや二つするもんさ。」
「でも、チームのみんなにどんな顔して・・・あったらいいの。」
「・・・・・ふっ。心配するな。ほら?」
「やー・まー・だーっ!」
「山田先輩っ!」
「山田くん・・・?」
「キャ、キャプテン!?みんなっ!」
「さあ、山田!次の試合に向けた戦いはもう始まってるんだゾ」
「は・・・・、はいっ!・・・・みんな、あの・・・。」
その青臭さと違うっ。へ(ーー#
☆超豪華な内装と鏡の間☆

部屋を一室一室辿りながら着いたところが、鏡の回廊。
回廊っていうより舞踏会の会場という感じ。華やか・・・。
☆修学旅行?☆
ヴェルサイユ宮殿で見かけたひときわ目立つ服装の数名。
どう見ても日本の学校の制服(ブレザー)。
んー、こんな遠くに来てまで制服着ることなんかないのに・・・。
人数はそれほど多くなかったけど、やっぱり修学旅行なんだろうか?パリまで来るとはリッチな学校もあるんだなぁ・・・。
Deliveryの学校の修学旅行といったら・・・(ーー;
☆パリ市内に戻って☆

オペラ座の近く「パリ三越」前で午前中の観光終了。
三越で免税の案内を聞くものの、買い物なんてする気なしなので(笑)速攻町中へ出ていく。
昨日車上からしか見れなかったシャンゼリゼ大通りと凱旋門を目指す。
☆違うよぉ~☆
パリは、それまでのスイスに比べると治安がよろしくないらしい。日本人は特にスリに狙われやすいそうなので、単独市内散策となれば気を抜かず荷物はしっかり持って、周囲に目を配って。。
コートで風を切りポケットに片手を突っ込んで颯爽と歩く姿は、どう見ても粋なパリっ子の一人に見える・・・と思っていたのだが。
シャンゼリゼまであと少し、という人通りの疎らな路地で事件は起こった。
路地ですれ違った向こうも観光客らしきブロンドの女性。
Deliveryとすれ違ったすぐ後に後ろで彼女の声が聞こえる。
"Oh! Japanese Mafia!"(オー、ジャパニーズマフィアー!)
な、なんですとーっ!!
日本のマフィアって、「ヤ○ザ」のこと?
違うよぉー、と呼び止めて訂正したいところだったが、相手がヤク○に絡まれた、と勘違いされたら大変なことになるかもしれないので、聞こえないフリ。
そんなに目つきがやばかったのか?なんでー?
☆シャンゼリゼ通りを抜けて☆

噂に聞くシャンゼリゼ大通り。遠くに凱旋門が見える。
ここは、車がバンバン走っていて真ん中から写真を撮る時も結構怖い。横の広い歩道は観光客・パリの人で賑わってました。
☆オー。パリジェンヌ☆
シャンゼリゼ通りを凱旋門へ向けて歩いていると、前を颯爽と歩く、所謂パリジェンヌ。
背も高くスラッとしていて、いかにも・・・と、その背中で視線が止まる。
黄色いリュック・・・。ピカチュウではないですかー(笑)
(凱旋門を見た後、CD・DVD・ゲームを扱ったお店に寄ったのだが、ことゲームに関しては、PS2、サターン、64、ゲームボーイカラーと、日本のメーカーで占領されていた。それでポケモンですか。納得。)
☆凱旋門が目の前なのに☆

やーっと歩いて凱旋門の前までやってきた・・・と思ったら、みんなあらぬ方向(地下道がある方)を向いている。
何だろ?と思ったら、事故でした。
なんかトンネルの高さよりも車高の高い車が突っ込んだらしく。
被害があったのは荷台だけみたいだったけど。
☆凱旋門を登って登って☆

パリの凱旋門、登れます。螺旋階段を延々と登り続けると門の上へ。
ここを中心に放射状に12本(?)の通りが延びていてパリ市内も一望出来ます。

凱旋門の周りはロータリーになっていて、門のある中心までは地下通路を通って行きます(チケット売場も地下にある)。
体力がある方は是非。門の上からの眺めは素晴らしいです。
☆旅行中一番の美食☆
凱旋門の上で偶然昨夜酒盛り(笑)した人と会う。
その後は中心街に戻って買い物をしつつ(パリ最大のデパート、ギャラリー・ラファイエットに行ったりした。ルイ・ヴィトンのお店は行列が・・・)
今日の夕食は、という話に。パリには和・中華料理店が多くあるらしい。
日本食も恋しいことだし、と入ったのが、その名も「サッポロ・ラーメン」
「いらっしゃいませ」 おー、日本語だ。店内も日本人客ばかり。
Deliveryはネギみそラーメンを注文。50F(約950円)。
日本だったらとんだボッタクリ店だが、パン・ジャガイモ食の続いた後のラーメンは格別の美味しさだった。
旅行中一番美味しかったのがネギみそラーメンとは・・・(笑)
☆言葉が通じる、ということ☆

英語圏と違ってパリの街はフランス語であふれている(当然)。
なんでも、「日本人にとってヨーロッパといえばフランス」といってもさほど過言ではないらしい。
そのためか、英語でもある程度のコミュニケーションはとれるものの、やはり地下鉄に乗っているときといい、町中を歩いているときといい、何となく孤独感を感じることも多かった。
で、夕食の後ホテルへと帰る途中、「今夜も飲みましょうか?」という事でワインと食料調達に立ち寄ったこぢんまりした商店。
フランス人のおじさんが2人店番(1人は遊びに来てた?)していたのだが客は我々ツアーの日本人だけ。
並んで会計を済ませていると、店員さん「謝謝」とお礼を言う。
あれ?中国人と間違われてる? そこで
“I'm not Chinese. We are Japanese.”(中国人じゃないよ。日本人だよ。)というと、店員さん、
“んー、日本語はよく知らないんだ”と言う。
「どうもありがとう。」だよ。というと、店員さんも真似して
“ども。ありがと。”と言ってくれる。
「そうそう、Merci(メルスィ)ね。」
・・・で最後は「おやすみなさい。ボンニュイ。」
とか言いながら別れました。んー、言葉が通じるって本当に大事。
十一日目に続く。
Homepage : http://www.ne.jp/asahi/eternal/delivery/index.htm
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